熊谷ホテル物語

2007.12.25

生みの親と育ての親

それぞれの・・・

 『熊谷ホテル物語』は、3年前、こどもミュージカル実行委員会の席上で、天敵T氏と脚本家Hさんが出会ったことによって生まれた。偶然にも、二人とも時同じくして、「昔、敦賀港が繁栄していた時代に実在していたホテル=熊谷ホテルを形にしたい」、という思いを抱いていたのだ。きっと、どちらか一人でも実行委員にならなければ、今年、公演が実現していた可能性は薄かっただろう。
 こどもミュージカル終了後、二人の地道な取材と根気良い資料集めが始まり、あの脚本が出来上がったのだ。その後T氏が人村女史に演出を依頼し、舞台化が急速に実現していった。いわば『熊谷ホテル物語』の生みの親がT氏とHさんで、育ての親が人村女史と言えよう。

 星椋鳥の役目は、子育てのお手伝いだった。お手伝鳥の意に反し子どもは紆余曲折しながら、それでも大きく成長していった。鳥が客観的に自分を評価し整理できたのは、そんな紆余曲折の中、孤独に七転八倒していたからだったろう。
 初めて立ち稽古に入った頃と比べると、本番でははるかに冷めた自分がいた。楽日、カーテンコールの後も、成功した感激よりも「やっと終わった・・・」という安堵感の中、「もう何もしなくていいんだ」という思いでいっぱいだった。

 T氏とHさんによって生み出され、人村女史によって一年余育てられた大舞台は、結果的に拍手喝采の中でゴールテープを切った。スタートラインから一緒に歩いてきた仲間たちの歓声と涙を見つめながら、鳥は昨日までに、そして明日からに思いをめぐらせていた。
 『熊谷ホテル物語』は、誰一人欠けていてもなしえなかった。脚本家がいて、製作がいて、演出がいて、役者がいて、スタッフがいて。。。そう・・・決してひとりだけでは成り立たなかったのだ! 

楽屋裏その22

人力車

 Jinnrikisyahujitasann_016明治時代の人力車で、おそらく日本で唯一稼動しているのが、今回お借りしたこの人力車です。貸してくださった方は、古いアナログのものが大好きという方。コレクションについて、特に人力車について語るときは、それはそれは嬉しそうにお話しされます。人力車の取り扱いについても、何度も何度も親切丁寧に教えてくださいました。

 明治時代に造られた人力車の部品は、現代では作り手がいないそうです。その為、万が一壊したら直すのにどれほどの費用と、時間と、手間がかかるのか見当もつきません。
 そんな貴重な人力車を、初めて人力車に触る星椋鳥たちに快く貸していただいたなんて、なんて勇気あることをして下さったのでしょう(@_@) 鳥だったら絶対貸しません!

 熊谷・・の時代背景にぴったりの人力車が最初に登場したことで、この舞台の大きさを観客に伝えることができました。ありがとうございました。

2007.12.24

楽屋裏その21

プロの裏方さんたち(県内)

 PAの新保さんは福井の方です。フリーで活動されてます。人村女史が嶺北で活動する時には、大体彼に音響をお願いしています。熊谷・・ではマイクを担当していただきました。舞台の前っつらに、亀の甲羅みたいな黒いものがへばりついていました。あれがマイクなんでした。そして、チヨの女中部屋の箪笥には仕込マイクが。 

 014舞台美術のアサクラ・セイドー先生は美浜町在住で、劇団公演でもおなじみです。人村女史が起こしたセットプランをアサクラ先生が描き、それを基にサカグチ企画さんが作成しました。そのセットにデザインを施(ほどこ)して下さったのもアサクラ先生です。ロビーの壁に描いたクロスはもとより、フロントカウンターの模様は先生自ら、ロビーセットや花壇はアサクラ先生の指示のもとに、カツコや星椋鳥が助手を務めました。
 チヨの部屋に汚しをかける(使い込んだように見せること)時、障子や襖の汚しにコーヒーを使ったのは驚きでした。ホテルの玄関ドアも、先生のお陰で重厚なドアに仕上がりました。

 Ariroom この“楽屋裏”にちょくちょく登場するPA・ari。さま。劇団公演では音響オペをお願いするのですが、今回はスライドショーのオペを担当して頂きました。画像はari。さまのお仕事場。客席前列から3列目の床に座り込んで2時間10分! オツカレサンシタァー!
 星椋鳥が創ったスライドショー。ari。さまがオペってくれると決まった時には、彼女に絶大なる信頼を置いている鳥としては、もう安心でした。ところが、ゲネに突然プロジェクターが停まるトラブルが。運を黒い折鶴に託して望んだ本番、無事楽日をむかえました。鳥が一番気合を入れた、船からタイトルロールまでの部分、“熊谷ホテル物語”の文字の美しさが目に焼きついています。そして、舞台が跳ねた後は、このポカ鳥に「上手くなった!」、とありがたいお言葉まで(ToT)/~~~ ari。さま、ありがとう!

Img_sime1 志免(しめ)美奈子さんは敦賀市内の美容師さんです。お母様とたった二人でヘアとメイクを担当して下さいました。実は志免さんもピンチヒッター。公演1ヶ月前という突然の依頼にもかかわらず快諾頂き、劇場稽古にはご自分のお店が閉まってから駆けつけて下さり、各役者の髪型・メイクを研究して下さいました。
Img_sime2 人村女史が、東京でも日本髪を結える美容師が少なくなったというのに、 彼女の技術はすごい!、と賞賛していました。熊谷・・の為に、美奈子さんはお母様に教えを請うて、日夜努力をされたのでした。頭が下がります。感謝、感謝!です。

 着付を担当していただいた先生方は、『NPO法人 尚美流全日本和装協会敦賀学園』の講師の方々と、Nさんです。ほぼ全員が和服という熊谷・・の舞台。たった三人で殆どの着付をして頂きました。加えて、チヨさんの“はやがわり”。暗い舞台袖で、手元明かりだけで素早く着付けることは、普段の作業とは勝手が違ったことでしょうが、きっちりと仕事をして下さいました。

 本当に大勢の方々の手をお借りして、出来上がった舞台でした。皆様、ありがとうございました。この舞台が皆様の記憶に残れば幸いです。

2007.12.23

楽屋裏その20

プロの裏方さんたち(県外)

 照明を担当して下さった日高照明の日高氏は、東京で屈指の照明家だ。人村女史の縁故で『いっかいこっきり』の公演では、照明をお願いしている。今回は日高氏自ら、チームを率いて出張って下さった。

 日高氏は劇場入りした時から星椋鳥に、「鳥ちゃん、よろしくね」「がんばろうね」と柔らかな笑みで、毎日優しく話しかけて下さっていた。きっと、緊張で全身がピリピリしていた鳥を見かねて、声をかけて下さったのだろう。頭ごなしに、そんなに緊張していたらミスする、と叱らずに、解きほぐすように温かく包みこんで下さったのだ。
 日高氏の優しい笑顔に触れ、ホッとして無駄な緊張が緩んだ鳥はなんとか責任を果たせた。日高さん、ありがとうございました。

 音響の石上氏も東京で活躍する音響マン。今回は久々の敦賀でのお仕事でした。稽古場での稽古期間中から、何度も敦賀へ通ってきて頂いた。現場では率先して太鼓の移動を手伝って下さったり、大道具の搬入や人力車の搬出を手伝って下さったりと、ご自分の担当以外にもすすんで力を貸して下さった。
 オブザーバーari。様が彼の音響マンとしてのお仕事について、「すげぇ(>ω<) プロ、だなぁ。と。 感心。感嘆。脱帽。尊敬。」 とブログに書いている。石神さん、ありがとうございました。

 プロ・・・我々アマチュアからすれば絶対的な存在。お二人は、その絶対的な権威をもって嵩に懸かることなく、初めての大舞台の舞台監督助手で、ガチガチのアマチュア鳥に温かく接して下さった。プロフェッショナルの懐の深さに感激した鳥である。

 大道具作成のサカグチ企画さんは、三重県の伊勢から来て下さった。伊勢は人村女史が長年指導する『劇団伊勢青年劇場』さんのお膝元。青劇さんからは防空頭巾などを衣裳ケースいっぱいお借りした。阪口氏には舞台監督として来て頂いた。現場に入ってからは、鳥に舞台監督のなすべきことを教えて下さった。ありがとうございました。

2007.12.22

楽屋裏その19

エキストラの皆さん

 大音響の中で台詞を言い、振り付けのようなものもある、という難しいシーンを演じた空襲シーンの皆さん。舞台を縦横無尽に動きながら台詞をタイミング良く叫ぶ、しかも自分で動きを考えて。。。芝居のクライマックスだったため、容赦ない駄目出しが何度も。それにもめげず、皆さんよく頑張りました。
 そのシーンだけに参加するはずだったU君。若嘉七が大和田荘七の秘書役から転向になったため、急遽秘書役に。動じることなく、大きな声で元気に演じてくれました。
 空襲エキストラの降板に次ぐ降板で、すがりついた先はダンスのT先生。芝居のセンスにも光るものを持つ彼女は、他のエキストラのお手本となってくれました。

 一幕最後の夏祭りのシーンでは、敦賀の伝承芸能を入れ込みたいという演出の要望に応じ、『郷土太鼓伝承会』『民謡 みすじ会』『民謡舞踊団 敦賀民舞会』の皆さんの参加が実現、舞台に花を添えてくれました。

 皆さん、お疲れさまでした。そして、ありがとうございました。

2007.12.20

楽屋裏その18

特高刑事A・特高刑事B

  刑事A・Bコンビは二人とも、嶺南を中心に活動するミュージシャンです。二人別々に活動しています。本名を出せば、「あ、あの人?」って思う方は何人もいらっしゃるでしょう。ミュージシャンは、殆どが芝居のセンスを持っています。彼らも例外ではなく、全く初めての舞台だというのに、自分で感じて動くという役者の必須項目を難なくクリアしていました。

Img_keijia1 旅とバイクを愛し、さすらいのうた唄い、と名乗る刑事Aは、パッと見強面(こわもて)ですが<m(__)m>、熊谷・・の挿入曲を聴くと涙が出てきて駄目なんです、といつも言ってました。
 自身でも映画を製作するなど、歌に、芝居に、精力的に活動する心優しき、うた唄いです。

024  刑事BもAに劣らず優しき男です。国道をバイクで走行中に、飛び出してきたニャンコを避けようとして転倒。結果、彼は歯を数本折り、背中を痛める、という怪我を負ってしまいました。本番までに差し歯が間に合うのか心配した鳥でした。BもAと同じで、挿入曲を聴くと涙が止まらなくて困ると。ミュージシャンは音に敏感なんですね。

 シンガーとしてステージでは百戦錬磨の彼らも、芝居の舞台は勝手が違い戸惑ったこともあったようです。裏方の動きの複雑さもにびっくりしていました。(熊谷・・は特別だったんですが) 

Img_keijib1_2  初めて見る裏方の動きがよほど珍しかったのでしょう、ポカばかりの星椋鳥にさえ、彼らは「すごいねぇ」と言ってくれたのでした。それまで、そういうコトを言ってくれる人が皆無だった鳥は、予期せぬその言葉が信じられませんでした。でも、彼らは何度も何度も真剣に語ってくれたのでした。そんな二人に元気付けられて、鳥は自分が少しでも成長していたんだと実感でき、気持ちを奮い立たせることができました。刑事A・刑事B、優しさに大感謝です!

 打ち上げの二次会で眠り込んでしまった、某TV局のプロレスラーと見間違うほどの大男記者。鳥たちがあっさり見捨てて帰った後、その大男を背負って階段を降り、連れ帰ったのは刑事A・Bコンビでした。あっぱれなり!

 熊谷・・が切っ掛けで、役者とミュージシャンの親交ができました。こういう損得を超えた新たな絆は嬉しいものです。

 刑事A・Bの新春ライヴが、年明け1月27日(日)に開催されます。
 場所は 敦賀市白銀町カフェ・シ・テール
 題して 『真冬の特効薬A+B』

 開場18:00
 開演19:00終演予定21:00
 前売\1000当日\1200(ともに1飲物付き)
 定員になりしだい締め切ります。

 お問合せはコメント欄にどうぞ! 

2007.12.19

楽屋裏その17

ドイツ人宿泊客・流浪のユダヤ難民

034  ドイツ人宿泊客(写真左)は、敦賀市内の中学校などで英語を教えているイギリス人です。図書館でも教室を持ち、なぎの会のマダム方の中に生徒さんがいます。劇中のドイツ語とヘブライ語の翻訳もしていただきました。

 来日してから長く日本語も上手に話しますが、母国語を忘れないようにするため、なるべく日本語では会話しないようにしているそうです。きっちり背筋を伸ばして立つ姿は、本当にドイツ人のようでした。稽古の合い間に、英語で書かれた本を読んで勉強している姿が印象的でした。
 最近、男のお子様が生まれたそうです。おめでとうございます。

Img_jyon  ユダヤ難民は、敦賀市内の子どもを対象にした英語教室の講師です。オーストラリアから今年初来日。出演を依頼した時は、まだ来日2ヶ月でした。フレンドリーな性格で、稽古第一日目からメンバーと打ち解けました。

 日本語もあっというまに上達し、ひらがなだけなら簡単なメールも出来るようになったそうです。牛丼が大好物で、上手にお箸を使って食べていました。写真写りが良く、どの画像を見ても良い笑顔なので、皆「ずるいわぁ~」と羨んでました。典型的な欧米人体型で、皆が客席からよじ登らなくては上がれなかったステージへ、グワァシッ!と一足で上がったのには驚嘆しました。

2007.12.18

楽屋裏その16

杉原千畝(ちうね)・幸子(ゆきこ)夫妻

 006 千畝さんは、吉田日出子さんや余貴美子さんが在籍していた劇団(今は解散してます) “オンシアター自由劇場” の元演出家で、『いっかいこっきり』の代表です。

 劇団公演では長年演出家として活動していましたが、今回、自由劇場以来の役者挑戦となりました。演出家として他人に演出をつけられるのは、どんな感じなんだろうか? と思っていましたが、役者に目覚めたのでしょうか、「役者がこんなに面白いとは思わなかった」 と打ち上げではニコニコでした。でも、やはり演出の虫が疼いたようで、あろうことかこのポカ鳥に 「俺がやる時に、来てみないか?」 なんて、冗談まで言ってくれました。

 鳥が初めて劇団公演で舞監もどきをした時に、打ち上げで正体不明になってしまいました。その時、家まで送り届けてくれたのが、今は亡きM氏と、サカと、千畝さんの三人でした。千畝さんが両親に 「怒らないでやって」 と言ってくれていたのを覚えています。

 “千畝”役の為にトレードマークの髪型を散髪、オールバックで決めました。こっちの方がだんぜん良い男なのにぃ、とは女性軍全員の意見でした。

 幸子さんはImg_yukiko、八千代さんと同じ美浜町での歌芝居 『幻想 はたおりの池』 でご縁ができました。全身からあふれる出るその芝居のセンスと熱意に、人村女史はもちろん、この鳥めも、この人に出て欲しい、と思っていました。女史によると、ハナから“幸子”のイメージは彼女で決まっていたそうです。その期待通り、千畝さん相手に堂々と“幸子”を演じてくれました。

 杉原夫妻のシーンは他キャストとの絡みがいっさいない為、個別に稽古していました。たまの合同稽古の時には、いつも控えめに稽古場の隅から見ている事が多かった彼女ですが、内には秘めた熱いものがあり、精力的に地元で宣伝をしてくれました。合唱や、折り紙など、色んな自己表現に挑戦しています。

2007.12.17

楽屋裏その15

金ケ崎茶席のお運びさん・ホテル宿泊客

 059 お運びさんも“朗読なぎの会”からの参加です。音読ボランティアとしても活動しています。 楚々とした風情からは想像つきませんが、なんと趣味は綱引き。

 なぎの会では大舞台を踏んでいる彼女も、稽古ではシャイな一面が出る場面もしばしば。やはり朗読と芝居は似て非なるものだったようです。

 いつも控えめに稽古場の隅に座っていた彼女ですが、お話しすると温かい人柄が感じられるそんな人です。

 ホテル宿泊客は敦賀市長です。画像はありません<m(__)m>が、敦賀人なら皆知っています(よね?) 日本一体重の重い市長としても有名です。
 当初は、ラングストーン・ヒューズ役をお願いするつもりでしたが、なんせ超多忙の為、稽古スケジュールも取れないという状態。絡みの少ない宿泊客を演じていただきました。お髭で変装しましたが、舞台に出るなり市長とわかり観客は微笑ましく観てくれました。

2007.12.16

楽屋裏その14

朴(パク)

 朴さん032は福井市を拠点に活動するプロの役者さんです。11月に入ってからは、スケジュールを全て熊谷・・の為に空けて、敦賀まで稽古に通ってくれました。

 鈴木外交官が朴さんのワークショップに参加したことがあり、二人の絡みの部分を熱心に指導していました。納得がいくまで突き詰めるタイプとお見受けしました。劇場稽古でも熱くなる時がしばしば。芝居にかける熱い心を見た気がします。

 今公演では、男性軍のメークも買って出てくれました。

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